2015年06月16日

真実は誰にもわからない

これまでに私は、
たくさんの人が書いた死生観についての
いろいろな文章を読んできた。

輪廻転生を信じる人、信じない人mask house 面膜
まるで見てきたかのようにその仕組みを語る人、
さまざまな信仰や、宗教や、宇宙観や、学識や臨床例。

死んでみなければわからないことだから、
生きている間は誰にも真実はわからない。

臨死体験を経た人や、霊感のある人、
ヒプノセラピーで前世が見えた人など、
「見える」人には、本当に見えるのかもしれない。

でも私には、まったく見えない。

ヒロヨが亡くなってから数日間、
金縛りにあったり、不思議な夢を見たり、
「見える人」から話を聞いたりしたけど、
本当のところは今もわからない。

ヒロヨの魂は、大きな光の中に帰って行って、
私たちを包み込んでいるのかもしれない。

私たちが思い続ける限り、
ヒロヨは私たちの中に生きている。
目を閉じればその笑顔が浮かぶし、
耳をすませば、なつかしい声が聞こえる。

動物にも、花にも、風にも、人間にもmask house 面膜
すべてのものに、神が宿っているという、
その神はもしかしたら、
光の中に帰って行った魂たちなのかもしれない。

それともこの世に魂なんてなくて、
死んでしまった後には、
ただ「無」があるだけなのか。

私は魂の存在を信じているし、
深い縁のあった人たちとは、死んでしまった後でも
いつかきっとまた会えるような気がするのだけれど、

それはいつなのか。

どんなきっかけで生まれ変わって、
どんなふうに次に出会うのか。

もしも、サシャから生まれたブルックリンにmask house 面膜
ヒロヨの魂が宿っているとしたらどうなのだろう?

みんなと一緒にいるのが大好きだったヒロヨが、
早くまたみんなと一緒にいられるようにと
急いでブルックリンに生まれ変わってきたとしたら?

私たちがあんまり会いたがるものだから、
「しょうがないねえ」と思ったヒロヨの魂が
ブルックリンに入って生まれてきたのだとしたら?

先週、海で波待ちをしながらそう思いついた時、
私は子供みたいに涙があふれて止まらなかった。

泣きながら波に乗り、泣きながらまたパドリングをして、
「ブーちゃんはヒロヨなの?」と、遠くの海に問いかけた。

もしそうだったら素敵だけど、
真実は誰にもわからない。

ヒロヨの魂のかけらは、ブルックリンに入っていたり、
昨日お墓に供えた花に入っていたり、
いつか生まれるリオの子供に入っていたり、
今吹き過ぎて行った風にも入っていたりするのかもしれないmask house 面膜

それとも、ヒロヨは私が死ぬのを待っていて、
光の中で迎えてくれるのだろうか?
また生まれ変わって一緒の時代を生きるのだろうか?

人間って不思議で、
魂って不思議で、
縁って不思議で、
posted by 遥香はるか at 15:32| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年06月12日

行ったこともない国や


 路肩に停めた車のシートに背をあずけ、ビル・エバンスを聴いていたジャズピアニストは、フロントガラスの奥にある明け方のパリの空へ謳った。「音は、コミュニケーションの原初的なものだ」と。(一部妄想)名創優品miniso

 そう考えると、わたしのピアノは自分との対話だ。ひとりで弾いてひとりで聴く。昨日(一昨日?)も書いたようにそれが至福の時だ。
 
 そして、これは一年前に気づいたことだけど、そうやってひたすらピアノを弾いていると、徐々に何かを書きたくなってくる。
 
 ピアノの代わりに叩くPCのキーボード。その音や、画面に映しだされる文字や文章は、鼻歌の振りをしながら、窓の外に漏らす独り言だ卸妝產品
 
 でも、聞いて欲しいことがあるわけじゃない。「感想がほしい」は、もっと違う。多くの人に聴かせたいという野望もない。
 
 それじゃ、なにを求めているのかと考えてみたら、
 どこかにいる、誰かの耳に鼻歌が届いている……どこかにいる、誰かが読んでいるという、その事実そのものなんじゃないかと思った。

 行ったこともない国や、日本の各地、休憩中の車の中や通勤途中のバスの中、電車の中、オフィスや給湯室、喫煙室、街、病院、家……どこに聞こえて(どこで読まれて)いるんだろう。

 たぶん、ものすご卸妝產品ぉーーーく怒っている人はブログなど読もうとしないだろうから、背景は様々ながら、それなりに穏やかな表情で画面を見ている人が、「そこ」にいて、わたしの声が届いているんだと思うとたのしい景樂集團 優惠
 
 そこはどこだろう。
 わたしはここで今日も鼻歌。

posted by 遥香はるか at 11:34| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

わたしの感覚では

ブログでは、あたかも理想的展開に成功したかのごとく美化して書いているが、
わたしは、じつのところ、子供の頃から、これといった夢などなかった。

「大きくなったら何になるの?
お父さんと同じ職業潔面產品?」

「うううん。(No!)
おヨメさん。」

幼稚園ぐらいの時からずっと、そう思っていた。
なぜか?
なりたい職業がなかった。マインド、未発育。
というか、なれそうもなかった。頭脳、未発達。
即、あきらめた。

次第に学力差が出始めた学年にさしかかり、さらに、そのあきらめは、強くなった。
べつに、こだわりもなんにもない。
闘う場合は、勝つ目算が出来てこそ。
勝てそうもない闘いには挑まない。
合理主義である。省エネ。

 

今の女性が見ると、昭和の末期人間に見えるだろう。
わたしの母などは、まだ、女性は夫に食べさせてもらうもの、とアタマから思い込んでいる。
女性も自立する時代なんやで、と説明しても、まったく理解できない。
なので、もう、ほっている。
姑のほうが、まだアタマが柔軟である。時代の波をわかっている。

ただ、全くわかっていない部分も大いにあるが、それはそれで、本人の「生きる核」なので、
そっとしておく。

娘たちは、よく「いかにも昭和的やなあ」と言う。
今の価値観に合ってない時などに使う自閉症。超時代遅れの場合。
昭和なんて、わたしの生きてきた時代、そのものだ。

彼女たちは、昭和末の生まれなのだが、もはや平成生まれの人が回りに出始め、
ちょっと昭和に微妙な印象を持っているのだろう。

わたしの感覚では、「明治」にあたるかんじが、彼女たちには「昭和」なのかと。

時代がめぐるのは速い。
パソコン世代と、非パソコン世代、
インターネットの普及。
情報共有。情報漏えい。情報操作。

知恵袋なんて、おばあちゃんでなくてもいい。
人工知能ロボットばあちゃんが、家事や育児、教育をしてくれたらいいが露天餐廳
posted by 遥香はるか at 12:01| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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